伴弁護士の法律の窓
【テーマ】
労働条件の不利益変更
【質問】
当社は、業績不振により、就業規則で規定している従業員の賃金を一律10%下げようと考えています。この場合、どのような手続をとればいいのでしょうか。また、その際に気を付ける点はあるでしょうか。なお、当社に労働組合はありません。
【回答】
賃金減額は、労働条件の不利益な変更に当たります。労働条件を変更するには、まずは
1.従業員の個別の同意を取って変更する
2.従業員の個別の同意がとれない場合には就業規則の不利益変更を行う
という手続を踏むことになるでしょう。
【説明】
- 労働者の個別同意
労働者と使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件の変更をすることができます(労働契約法8条)。
もっとも、どのようなかたちでもよいから労働者の合意が取れればよいわけではありません。特に、賃金は、労働契約の中核となる労働条件であり、労働者にとって重要なものなので、賃金減額を伴う労働条件の変更には慎重な対応が必要です。
労働者から賃金減額に応じる旨の同意を得た場合でも(口頭ではなく、同意書に署名押印してもらった場合でも)、その同意の取り方の態様によっては、後に労働条件の変更を争われた場合、その同意の効力がないと判断されてしまう可能性があります。労働条件の不利益な変更について労働者から書面により同意を得ていたケースで、「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」とする判例があります(最判平成28年2月19日)。
ですので、労働者の同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたといえるために、労働者が受ける不利益の内容などをきちんと労働者に説明し、労働者にしっかりと理解してもらう必要があります。また、使用者側から一方的に説明するだけでなく、労働者に説明内容に疑問点がないか尋ねるなど、労働者から質問ができる機会を与えるほうがよいでしょう。
なお、賃金減額について労働者の個別の同意が取れた場合、結果として就業規則で定める基準(変更前の賃金額)を下回ることになるので、就業規則もあわせて改訂する必要があります。
- 就業規則の不利益変更
労働者からの個別の同意が取れない場合でも、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、変更後の就業規則が合理的なものであるときは、就業規則の変更により労働条件を変更することが可能です(労働契約法9条、10条)。この場合、就業規則の変更が合理的なものである必要がありますが、この合理性の有無の判断は、
(ア)労働者の受ける不利益の程度
(イ)労働条件の変更の必要性
(ウ)就業規則の内容の相当性
(エ)労働組合等との交渉の状況
(オ)その他の就業規則の変更に係る事情
の各要素を総合的に考慮して判断されることになります。
本件に即して考えると、例えば、上記(ア)については、賃金の10%減額は労働者にとって不利益の程度が大きいものです。そこで、一挙に10%の賃金減額をするのではなく、まずは3%、次に5%など期間をおいて段階的に賃金減額を行い、労働者の不利益を緩和することも考えられます。
また、上記(イ)については、賃金は重要な労働条件ですので、賃金減額を伴う労働条件の変更には高度の必要性が求められます。
業績不振の程度が、高度の必要性があるかどうかの判断に影響することなります。
さらに、代替措置として、賃金減額はするが他の労働条件を向上させる(退職金を増額する、福利厚生を手厚くするなど)ことも合理性を肯定する方向に考慮されるでしょう。
このように、就業規則の変更の合理性が否定されないように、上記(ア)~(オ)をベースに様々な事情を総合的に検討して賃金減額に踏み切るか判断すべきです。