【テーマ】
相続した債務の時効援用をする場合の注意点
【質問】
父が、2024年4月末日に亡くなりました。父の遺産としては、実家である不動産と預貯金がいくらかありますが、これらを大幅に上回る多額の借入れを信用金庫からしていることが分かっています。信用金庫の担当者からは、父が以前に製造業(取引先からの委託による部品製造)を個人で営んでいたため、事業資金として多額の借入れをしたとの説明がありました。私が、信用金庫から取引履歴を取得したところ、父による最後の返済日が2017年と今から7年以上も前のことであることが分かりました。この場合、消滅時効の援用を行えば、負債を相続しなくて済むのでしょうか?
【回答】
1 まず消滅時効は援用をして初めて効力が発生します。単に時効期間が経過して時効が完成しているだけでは直ちに債務消滅の効果は発生しません。
2 また、時効期間について、民法及び商法の改正により、2020年4月1日以降に借入れを受けた場合の消滅時効は一律5年となるところ、それ以前の借入れについては旧法が適用されます(詳細は、KAWA-RA版第100号をご参照下さい)。
旧法が適用される場合、消費貸借契約のいずれか一方の契約当事者が商法上の商人にあたる場合には、原則として旧商法が適用されて時効期間は5年間となり、いずれの当事者も商法上の商人となっていない場合には、旧民法が適用されて時効期間は10年間となります。
貸主が株式会社である銀行の場合には商法上の商人にあたりますが、信用金庫の場合には商法上の商人にあたりません(最高裁判例昭和63年10月18日民集42巻8号575頁)。本件では、お父様が他人のために製造をする事業を営んでいたので、お父様は商法上の商人にあたり(商法502条2号)、信用金庫が貸主の場合でも商法が適用され時効期間は5年間となります。
したがって、お父様の事業資金の借入れは、最後の返済日である2017年から既に5年以上も経過しておりますので、商事消滅時効が完成している可能性があります。
3 しかし、消滅時効の援用を行うかについては注意が必要です。なぜなら、相続人による消滅時効の援用は、お父様の相続人の立場で行う行為になりますので、単純承認の意思表示をしたと判断されて、相続放棄をすることができなくなる可能性があるからです。そのため、時効援用の意思表示を行ったものの、例えば、信用金庫がお父様に裁判を起こしていた等の時効中断(更新)事由が発覚した場合、相続放棄をすることができなくなる可能性があります。
かかる理由からも、消滅時効の援用と相続放棄の両方を検討する場合には、慎重に判断を行う必要があります。
4 質問者の事案では、状況から消滅時効が成立している可能性が十分にあります。もっとも、時効中断(更新)事由がなく、時効が完成しているのか(消滅時効の援用ができる状態なのか)について、債権者から事前に書面で回答を得ることは難しく、時効援用をする前に時効が完成していることの確証を得られない場合がでてきます。
そこで、もし時効が完成しておらず債務を承継することになる場合に備えて、念のため限定承認をしておくことが考えられます。限定承認とは、プラスの遺産の範囲でのみマイナスの遺産(債務)を返済する手続です。もし、相続手続を進めるなかで、時効中断(更新)事由があり時効が完成していなかったことがあとから発覚した場合、プラスの財産以上のマイナスの負債を承継しないように限定承認をしておくのです。しかし、限定承認を行う場合には、官報での公告、債権者等への催告のほか、事案によっては、財産処分のための競売または鑑定評価、配当弁済など、難解で煩雑な手続をしなければならなくなる他、税務面での検討も必要となりますので注意が必要です。
5 上記はあくまで一例ですが、多額の債務が存在するような事案では、様々な選択肢を検討する必要がありますので、進め方に悩んでいる方は専門家に相談することをお勧めします。特に、相続放棄・限定承認手続を行うためには、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に手続をする必要がありますので、くれぐれもご注意下さい。