前回に引き続き、この問題を秘密保持義務の観点から考えていきます。
従業員が、仮に自分の顧客情報は持っていても、それは会社が管理すべき「個人情報」でもあります。就業規則に、「在職中知り得た個人情報について、秘密保持義務」が規定されていなくても、労働契約に付随する義務として誠実義務が課されており(労働契約法3条4項)、その一環として秘密保持義務があるとされています。
では退職後も、元従業員は、この秘密保持義務を負うでしょうか。
前記のように、秘密保持義務は、労働契約上の信義則ないしこれに付随する誠実義務に基づくものですから、退職後も当然に継続されるわけではありません。退職後は、原則として労働者が秘密保持義務を負うことはないと考えられます(但し、反対説あり)。従って、労働契約を締結するときに、契約書にその義務を明記するか、退職に当たって誓約書なりに明記して、約定する必要があります。
しかし、本件では、当該従業員が誓約書の署名を拒んでいます。これは、会社が「顧客の名簿及び取引内容に関わる重要な事項」を守るために、「従業員が1年間同業他社に就職しない」という制約を課することが過度に広範な制限であることから、署名を拒んでいるとも考えられます。会社の保有する秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らして、合理的な範囲の秘密保持に限った誓約書を再提案してみるべきでしょう。