従業員は、覚書のような特約がなくても退職後に競業避止義務を負うでしょうか。いくつかの観点から考えていきましょう。
在職中の取締役は、会社に対して、競業避止義務を負っています(会社法356条)。
在職中の従業員は、就業規則で、アルバイト等を禁止する職務専念義務が課せられていることが通常ですので、在職中は、競業ができません。
退職後は、どうでしょうか。取締役の場合、会社の企業秘密の重要な部分(新製品の開発情報、ノウハウ、顧客情報など)が他社に流れてしまう危険性があります。取締役の場合には、任期の短く、途中解任もあり得る非労働者ですから、就任時に役員就業規則や誓約書を取られていることがあります。従って、退職後の競業避止の措置を採られていると言ってよいでしょう。
これに対して、労働者である正規従業員の場合、終身雇用制度の下、退職後は、関連企業に再就職したり、当該企業に嘱託で残ったりということが多かったため、とくに退職後の競業避止という問題が表面化しませんでした。
労働者には、職業選択の自由があり、自分のキャリアを活かして同じ業界で仕事をしたいというのは当然のことです。不動産の営業をしていた人が、同じ業界で仕事をしたからといって、取締役ほど企業秘密を知っているわけではありませんから、競業避止義務を課すのは難しいと思われます。次回は、秘密保持義務の観点から考えていきましょう。